はじめての一人のクルーズ旅行

社会人になってから十数年、長期休暇といえば実家への帰省か、せいぜい友人と温泉旅行。そんな私が「一人でクルーズ旅行に行こう」と決めたのは、三十歳の誕生日を迎える少し前のことでした。きっかけは、会社の先輩が見せてくれたスマホの動画。真っ青な海を優雅に進む巨大客船のデッキで、笑顔の人々がカクテルを片手に過ごしている様子に、胸がドキンと鳴りました。

「一人で行くの?寂しくない?」と友人には驚かれました。でも、逆にそれが背中を押してくれた気がします。自分だけの時間を、自分だけのペースで過ごす——そんな贅沢、今までしたことがなかったからです。

出航当日、港に着いた私は、目の前にそびえる巨大客船を見て息をのみました。まるで海に浮かぶホテルそのもの。チェックインを済ませて客室に入ると、広いベッドにソファ、窓からはキラキラ光る海が一面に広がっていました。荷物を置き、デッキに出ると、潮風と遠くの汽笛の音。いよいよ旅が始まるんだという実感が、全身を包みました。

最初の数時間は船内を探検。プール、ジム、劇場、図書室、カフェ、何種類ものレストラン…その規模に圧倒されながらも、「これなら一人でも飽きない」と確信しました。夕食はフォーマルなダイニングでいただくことに。緊張しながら着席すると、隣にいたのはカナダから来たご夫婦で、にこやかに話しかけてくれました。お互いの旅の目的を話し合い、デザートを食べ終える頃には、「この後、デッキで星を見ませんか?」と誘われていました。

その夜、頭上には満天の星。波の音が静かに響く中、初めて会った人たちと笑い合う不思議な時間。これがクルーズの魅力かもしれない——そう感じた瞬間でした。

日を追うごとに、船で出会う人たちとの距離は自然と近づきました。朝食会場で「おはよう!」と声をかけ合い、寄港地では小さなグループで観光へ。船内のスタッフも名前を覚えてくれて、「今日はどこに行くの?」と笑顔で話しかけてくれる。

一人で過ごす時間も贅沢でした。早朝のデッキで、コーヒー片手に海を眺めるひととき。誰にも邪魔されず、ただ水平線と風だけを感じる時間は、日常では味わえない特別なもの。図書室でお気に入りの小説を読みながらウトウトし、目を覚ますと窓の外に別の国の港町が広がっている——そんな非現実感に、何度も心が震えました。

最終日、甲板から見えた港の灯りを眺めながら、胸の奥がじんわり熱くなりました。出発の時は「一人きり」だったのに、帰る頃にはたくさんの「また会おうね」が心に残っている。私の世界は、確実に広がっていました。

コメント

タイトルとURLをコピーしました