三世代で行く「海の上の家族時間」──母と娘と私の7日間クルーズ

三世代でクルーズに行くなんて、数年前の私なら想像もできなかった。
母は70代、娘は小学4年生。年齢も価値観も違う三人が、一週間同じ客船で過ごす――それは期待と同じくらい不安もあった。しかし、実際に旅が始まると、クルーズという空間が「家族の時間」をこんなにも豊かにしてくれるものなのかと驚いた。

出航の日、巨大な白い客船を見上げた母は、少女のような表情を浮かべていた。
「私、ずっと乗ってみたかったのよ。」
その言葉を聞いて、誘って本当によかったと思った。一方、娘はデッキのプールを見つけた瞬間から大はしゃぎで、母の手を引いて走り回っている。年齢差など関係ない。旅行とは、こうして一瞬で笑顔をつくる力がある。

客室に入ると、窓の外には果てしない海。
娘は「これ全部が私たちの庭?」と目を輝かせ、母は「こんなに大きな海を眺めて過ごすなんて、贅沢ね」と静かに微笑んだ。三人それぞれの“感動のツボ”が違うのがまた面白い。

船内では、それぞれが「海の上の自分時間」を楽しんだ。
母は朝のクラシックコンサートへ。
娘はキッズプログラムで新しくできた友達と工作遊び。
私はジムで久しぶりに体を動かし、読書をする。

一緒にいるのに、べったりしない。
でも、離れていても“同じ船の上で同じ旅をしている”。
この不思議な距離感が、三世代旅行をほどよく快適にしてくれた。

寄港地ツアーでは、母がかつて旅番組で見たという町の大聖堂を訪れた。
入口で母は小さく息をのんだ。「テレビで見たのと違う…本物は、空気が違うわ。」
その瞬間を見られただけで、今回の旅の目的の半分は達成された気がした。

娘はというと、露店で売られていたフルーツを手に取り「ママ、スイカの味が国によって違うね!」と嬉しそうに話す。
母は娘に「旅って、こういう小さな発見が宝物になるの」と答えた。
その会話を隣で聞きながら、私は“世代を超えて受け継がれる価値観”に触れたような気がして胸が温かくなった。

船に戻ると、夕食は毎日コース料理。
「海老のビスクって何?」「フォークはどれ使うの?」と娘が聞けば、母が優しく教える。
三人でゆっくりテーブルを囲む時間が、こんなにも心を満たしてくれるとは思わなかった。
気づけば毎晩、食後に母と娘の二人がデッキを散歩するのが日課になった。私はその様子を少し離れたところから眺める。夕暮れ時、寄り添って歩く二人の姿は、映画のワンシーンのようだった。

最終日の夜、母が言った。
「あなたが働いている間、私もずっと忙しかった。でも、こうして三人で旅ができる日が来るなんて思わなかったわ。」
私は言葉に詰まった。
娘が「また来ようね、おばあちゃん」と手を握ったとき、母は涙をこらえるように笑った。

クルーズの旅は、ただの観光ではなかった。
“家族が同じ場所で、同じリズムで、同じ海を眺める時間”。
それがどれほど尊いものか、私たちはこの7日間で知った。

帰り道、娘がポツリと言った。
「ねえママ、海って大きくて優しいね。おばあちゃんもそんな感じだね。」
その言葉に、私はこっそり涙をぬぐった。

家族三世代が一緒に過ごすには、クルーズは最高の舞台だった。
また必ず来よう。母が歩けるうちに。娘がもっと世界を知る前に。
三人の思い出は、あの水平線よりもずっと深く心に刻まれている。

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